戦後手帳は高橋

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いまどきの戦後事情

2017年8月17日、日米安保のトップ同士の「2プラス2」が開催され、「アメリカが核の傘で日本を守る代わりに、日本がアメリカに協力することを求める」内容を含んだ合意文書を発表した。

と、従来通りな話。またまた金、無心されておしまい。

この会談後に日本政府は、800億円超の地上配備型ミサイル防衛システム「イージス・アショア」を購入することが決定。今後も北朝鮮問題で協力しながら北に圧力をかける方針を確認し合った。

というわけで、マッチポンプな北のミサイル音頭も見透かされ。

またハシゴ外されて、改憲どころか、「米が守りますから、お金出してね」と、戦後繰り返し行われたパターンで終わった。社会保障費をまた投入~。年金もすっからかん~。

そんな安倍に寄り添う民進党~(^◇^) 亡国なぅ。

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 近頃考えるのはつまらない話が何故長くなるのか、ということ。

 例えば南朝鮮の指導者ムン・ジェインの場合で考える。彼は一旦決着したと思われる「いわゆる慰安婦」を始めとする歴史の問題を持ち出したい。きっちり日本政府に対応させたい。あのアベチャンと河野太郎を相手にして!!

 一方では混迷を続ける両国関係を改善したい、チョッパリの警戒心を緩めさせ、我が国にいる「話し合えば分かる人たちなんだ」というお花畑派を勢い付かせて経済的結びつきをとり戻したい。

 これが両立するのかとなると、彼らの脳内のみに限られるだろう。困難というのはすぐ分かる。

 えびす顔とえんま顔を忙しく使い分けるなど出来るのか?

 日本人はいろいろ有ったが戦後一貫してアメリカにはえびす顔で付き合ってきた。鬼畜と罵ったルメイに凄い勲章(勲一等旭日大綬章)まで送っている。

 人は「どっちかにしろ」と考えるものなのだ。

 つまり、何事によらず「あれかこれか」という問題の立て方はうまくいかないのである。

 一択でなければならない。

  たいていの場合、無駄な話は建前から始まる。事情、情報に疎い人は建前だけの報道で満足する。だが、事情通の人は「それで解決するなら世話はない、寝言は寝て言え」と思う。

 建前から始まった話は長い時間を掛けて現実論になっていく。途方もない時間が掛かるが、掛け過ぎると人は忘れっぽいから、また建前論に戻る者も出てくる。人の考えの漂動はまるで酔っ払いの足取りに似ている。

 本当は建前に時間を掛けるだけ無駄なのだ。

  建前は三段論法的になる。演繹的になる。「べき」の話になるから願望が入る。どうしても現実性が薄くなる。何でこんなに建前を重んずる社会なのか。役に立たない話をするのは儒教文化圏の特徴か。特亜の人の書いた文章は我々に比べても三段論法的、演繹的だ。

 悪いことに学識をひけらかそうとするので読んで難しい。すっきり頭に入らない。
  アングロサクソンの書いた文章、即ち考え方は分かりやすい。帰納的、実用的だ。彼らが世界を牛耳り、情けないことだが、我々日本人が追従を続けねばならない理由が此処にある。

  いきなり現実認識から入る遣り方を避けてる限りは無駄な話を繰り返すだけだ。出来もしない「日本の独立」などを掲げる輩が後を絶たない。

  

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